骨折から8ヶ月
夜道で転んで左の腓骨を骨折したのが2月1日ですから、早くも8ヶ月が過ぎました。
その間、足を庇って、無為に過ごしてきたのかというと、そんな事はありません。
転んでもただでは起きない、それが私の信条ですから。
じゃあ、この期間何をして来たかという事になりますが、その前に、松葉杖生活の過酷さに少しだけ触れておきたいと思います。
松葉杖生活は想像以上に過酷だった
仕事柄、家に閉じこもってはいられないので、営業、出張、飲み会と骨折前とあまり変わらない日々を過ごしていました。

当然、全てをタクシーという訳にもいかず、公共交通機関での移動がメインです。松葉杖で東京の街を動き回ると、たくさんの壁が立ちはだかっていることが分かります。
その中でも「階段」との戦いは、還暦を過ぎた私の心を折り、闘争心を萎えさせるに十分でした。外出前に、その日利用する駅などを調べて、動線をシミュレーションするようにしましたが、それでも想定外のことも起こります。
エスカレーターが修理中で長い階段を見下ろした時の絶望感は忘れられません。
真冬に滝のような汗をかきながら東京を歩く
治療は石膏ギブスで足首を固定し、超音波で骨の復活を促進するだけです。左足首に衝撃を与えないように気をつけ、カルシウムを摂って、あとは自分の治癒力に任せるしかありません。

ギブスが取れたのは骨折から1ヶ月後でした。その後、左足に少しずつ荷重する練習を経て松葉杖が片方になり、骨折から3ヶ月後にやっと松葉杖から解放されたというわけです。
大手町のオフィスビルから東京駅丸の内口の1キロ弱の道のりを、なんとか歩き切った時には、両手は震え、右足は固まり、2月の冷えた空気の中でありながら、滝のような汗が全身を濡らしていました。
付き添って歩いてくれたTさんの哀れみに満ちた目を今も忘れられません。
若い奴には負けないはず、はない
自分の足だけで歩けるようになって、これでやっとゴルフやランニングを再開できると思っていましたが、それはかなり甘い考えでした。足首の筋肉は硬く固まり、可動域は今時点でもまだ元には戻っていません。
骨も完全に元に戻っていなくて、レントゲンにはまだ骨折した部分に細い線が見えます。私も骨折期間中に61歳になりました。治癒力は自分で思うより衰えています。
年齢はそれなりだけど、体はまだ若い、治癒力も若い奴には負けてないはず、と初老男性がよく口にするセリフを自分の中で呟いていましたが、それなりであることを身をもって実感しています。
悲しい真実です。

骨折が、体を変えるきっかけになった
さて、転んでもただでは起きない私は、骨折というかなり「痛い」経験を糧に、大幅な減量(77kg→67kg)に成功しました。
さらには、かつての筋肉を取り戻すため、パーソナルトレーナー(ChatGPTです💦)を雇ってのジムトレーニングに励んでいることについては、次の機会にお話しします。
