〜思い出の赤坂で偲ぶ会〜
去る7月に67歳という若さで急逝したNさんの偲ぶ会に参加してきました。赤坂のカジュアルなイタリアンレストランには30名ほどの人が集まり、スクリーンに次々と映し出される在りし日のNさんに見守られながら、賑やかに楽しく、彼を偲びました。
彼は私にとって師匠であり、相棒であり、時々、年上の弟のような、ひと言で言うと(かなり雑ですが)、とても大切な人でした。
社会的な地位やお金には無頓着で、その分、仲間を家族のように大切にし、同じ濃さで愛された、無類なチャーミングさを有した人でした。
〜偲ぶ会参加への躊躇〜
偲ぶ会はそこに集まったすべての老若男女のNさん愛が、ひしひしと感じられる空間となりました。
8月にかつての部下から報せを受けてから、私はそれをうまく受け止めることが出来ずにいました。数年前の私の傲慢な言動が原因でNさんと会話らしい会話が出来なくなっていたのも一つの要因かも知れません。
心が整わない中、混乱した自分を誰かに見られるのが嫌で、偲ぶ会への参加を躊躇しましたが、今は行って良かったと思います。
写真のNさんを見ながら参加者と話すうちに、彼が泣いたり喜んだり、時々怒ったり、自分の感情を隠すことなく、いつも真っ直ぐに向き合ってくれていたことに気づいたのです。
自分のカッコばかり気にして、この会への参加を躊躇していた自分がどうしようもなく恥ずかしくなりました。
〜故人を語ることについて〜
これまで私は、親しい人を亡くしても、その人のことを多く語ることに抵抗がありました。死人には、どんな言葉も届かないし、それは生き残った者の自己満足でしかないと思っていたからです。
でも、偲ぶ会で仲間たちが楽しそうに、泣き笑いしながらNさんのことを話す様子を見て、人が生きたことの一つの到達点とは、こういうことなんだなと実感したのです。彼の生きた証や成果は、最終的な地位や財産や勲章などではなく、ここにあるのだと。
だから、不本意ながらも生き残ってしまった私は語るべきだと思ったのです。たとえ、その声が、永遠に彼に届かないとしても。
それにしても、生きることは後悔の連続であります。
