新年度と第二ステージのスタート
4月。新年度がスタートしました。私にとっては、人生の第二ステージの始まりです。どんな事が起きるんだろう?と期待と不安が入り混じる、そんな春先です。
今年は3月になって寒い日が続いた影響で、私の自宅兼オフィスの周辺はまだ桜の花がかろうじて残っていて、昨日は街中にピンクの花吹雪が舞い、青空とのコントラストで美しい日曜日になりました。
そんな春爛漫の午後、私は桜吹雪を浴びながら、自転車でとある場所に向かったのです。3月末に会社を退職し、いよいよ事業を開始する直前、ひそかに未来への想いを強くしている私ですが、そんな私が大切にしている場所が昨日、ひとつの大きな役割を終えたのです。
船橋アリーナ
東葉高速鉄道「船橋日大前」から徒歩10分弱のところにある「船橋アリーナ」は、私が愛するプロバスケットボールチーム「千葉ジェッツふなばし」の本拠地です。また、地域のアマチュアスポーツや市民の健康増進をサポートする総合スポーツ施設でもあります。
そんな「船橋アリーナ」は来シーズンから、この4月に南船橋に完成した、「LaLa アリーナTOKYO-BAY」(10,000人収容の多目的大アリーナ)に千葉ジェッツのホームアリーナとしての役割を譲ることになったのです。これはB.LEAGUEがスポーツエンターテイメントとして認知され、千葉ジェッツがその実力とともに、B.LEAGUEで最も多くの観客動員を誇るまでに成長した結果で喜ばしいことではありますが、ジェッツの本拠地のすぐそばに住む地元ファンとしては、一抹の寂しさを感じるところであります。
千葉ジェッツ@B.LEAGUE
最近ますます華やかさを増したB.LEAGUEの音や光を駆使したゲーム前のセレモニーで、バスケットボール解説者として活躍中の佐々木クリスさん(創設期の千葉ジェッツメンバー)のスピーチ、それに続くフライトクルーチアリーダーズ「STAR JETS」のOG+現役+ユースによる、キレと迫力満点のダンスを見るうちに、何か熱いものがこみあげてきて、危うく涙するという失態を犯すところでした。
千葉ジェッツは13年前に設立され、ここ船橋アリーナを拠点に地元に密着した活動を続けてきました。次女が小学生、中学生とバスケットボールをやっていた時期、私たちは頻繁にここに通っていましたが、ジェッツはいつも身近な存在でした。2015年に日本が誇る天才ガード富樫勇樹選手が加入し、翌2016年にB.LEAGUEが始動すると、バスケット人気、千葉ジェッツ人気は一気に加速し、ジェッツは身近なお兄さん達から、憧れのプロ集団へと変容していきました。その歩みを近くで見て来れたのは、とても幸運なことだったと思います。
ジェッツの船橋アリーナ ラストゲーム
この日もスタンドは赤いTシャツを着たブースターで埋め尽くされました。船橋アリーナ最後の日をしっかりと胸に刻み込もうと集まった人も少なくないと思います。試合は2クォーターでもたつく場面はあったものの、3クォーター終了間近には天才・富樫勇樹からオーストラリア代表ゼイビア・クックスへの鳥肌もののアリウープを決めるなど、らしさを見せて快勝となりました。
それにしても、やはり富樫勇樹というPGは唯一無二の本当の天才だと、そのプレーを見るたびに感動します。バスケットボールの魅力は展開の速さですが、スピードに加えて、肉体の強さと想像力が必要とされ、「個の高い能力」と「チームとしての強い規律」が高い次元で融合したうえに成り立つ究極のスポーツです。そういう意味でも私にとっては、ラグビーとならび、見るたびに元気と刺激を貰える特別なスポーツなのです。
ゲーム終了後、記念撮影やヒーローインタビューなどが続きましたが、船橋アリーナ最後の日ということもあり、多くのブースターが名残を惜しんでなかなか席を立ちませんでした。子供の頃からずっと船橋アリーナでプレーを続けてきた地元出身の日本代表、原修太選手をゲームMVPに選んだ粋なはからいにまたしても目頭が熱くなる私でした。
積み重ねる
試合前のスピーチで佐々木クリスさんが、真っ赤に埋め尽くされたスタンドを感慨に耽るように眺めながら、この風景はご自身が在籍していた頃とは格段の進化であり、それは「積み重ねたこと」の成果であると語っていましたが、本当にその通りだと思います。千葉ジェッツが来シーズンから新たなチャレンジを積み重ね、更に強く、華やかに成長し、BLGをNBAに迫るプロリーグに引き上げる存在になってくれることを、こころから願います。
試合帰り、選手の「のぼり旗」はためく船橋アリーナの階段を人混みの中ゆっくりと降りながら、私も新しいステージで、常に成長し続けて今まで見れなかった景色に出会う為に、積み重ねていこう、そう心に誓ったのです。たとえその時間に限りがあるとしても。