丘サーファー
今となっては夏限定、波が小ぶりの日限定の紛れもない丘サーファーとなってしまいましたが、12年前に大きな病気をするまでは、暑くても寒くても一年中、週末や休みの日は必ず海に通う真面目なサーファーでした。千葉や茨城、湘南、遠くは宮崎、ハワイ、いろんな海で波に乗り、いいライディングが出来た日には最上級の幸福感に浸っていました。どれだけ海に通っても、腕前は万年初心者でしたが、あの頃、自分は確かにサーファーだったのだと思います。
あなたは何者ですか?
今、自分が何者かを問われたら何と答えるのだろうか?と夜の東西線に揺られながら、酔った頭で考えていました。「サーファーです」と答えることが出来たらどんなに幸せだろうと思いますが、勿論そう言える資格を私は持っていません。
そして浦安あたりの暗くなった街並みを通り過ぎる頃、ふと、自分は「セールスマン」なんだと気づいたのです。今更ではありますが、営業現場を退いた今だからこそ、それに気づくことが出来たのかも知れません。
入社から2年間の支店研修の後、今年の3月に役職定年するまでの33年間、私は一度も他の職種を経験することなく、一貫して法人営業を生業としてきました。この気の遠くなるような長い歳月で私が毎日積み重ね、継続してきたことはただひとつ、セールスのみであり、あなたは何者かと問われたときに、私に許された答えは「セールスマン」しかないと、各駅停車のカタカタした振動の中でそのように思ったのです。
セールスマンに戻る
ゴールデンウィークが終わり、大好きな季節の訪れを感じながら、気持ちよく飲んだあとの帰り道でした。一緒に飲んだかつてのお客様から、私の営業現場からの離脱を強く惜しむ言葉をもらったことも影響していたのかも知れません。まだその実現方法を具体的に考えてはいませんでしたが、私はこの時、ぼんやりとですが、セールスマンに戻ることを意識し始めたのだと思います。
あれほど憧れたサーファーにはなれなかったけれど、もしかしたらセールスマンにはなれたのかも知れない。そうであるなら、その資格は失いたくないと、なんだかセンチメンタルな感情に包まれた不思議な夜でありました。
法人営業に従事してきました
33年間、私は通信会社のグループ内で、出向や転籍を繰り返しながら、大手企業に対する法人営業に従事して来ました。私の会社ではかつて、法人営業は花形部門ではありませんでしたが、私のキャリアと歩調を合わせるように少しづつ重要な機能となり、ここ数年、その存在感はますます大きくなっています。弱小といわれた法人部門で私がどのように歩んできたか、その過程でどんな経験をして、どんな仲間と巡り合ったのか、そんな話もおいおいこのブログに綴って行きたいと思っております。