グランドファーザーズ

グルメ

変わり続ける渋谷

渋谷の変化が止まりません。次々に新しいビルが建ち、街は生き物のようにうごめきながら変わり続けています。JR渋谷駅を中心にエリア毎に分断されて複雑な構造になっていた渋谷は、それ故に雑多な魅力に溢れていましたが、再開発で次々と建設されていく大きなビル達はそれまでの分断を解放し、エリアを隔てていた裏通りや高架下の暗がりは、高層ビルの壁面ガラスが放つ光によって、その多くが失われつつあります。

センター街や公園通りの喧噪から、ひっそりと身を隠すようにしていた宮下公園も今や、メインストリートたちを見下ろすように堂々と聳える宮下ヒルズに生まれ変わり、分断の解放とアンダーグラウンドの排除が行われています。渋谷警察の道向かいでは、あの黒くて臭かった渋谷川の開渠部分が、再処理で綺麗になった水によって生まれ変わり、かつて怪しげに蹲っていた川の周辺は、渋谷リバーストリートという明るく洒落たエリアに変身しました。

それでも、センター街のカオスは少なくとも見た目は昔のままですし、道玄坂のホテル街の猥雑さも健在です。そこにはまだ暗がりが存在しています。

グランドファーザーズ

宮益坂下から明治通りを少し上ったところにある「グランドファーザーズ」というバーも、私にとっての変わらない渋谷のひとつです。雑居ビルの細い階段を地下に降りて、木製のドアを開けると、そこには暗がりがあり、暗がりを照らすほのかな明かりと、圧倒的な音があります。

カウンターの後ろにある棚に納められた大量のLPレコードを、一曲ごとにマスターがターンテーブルに載せ替えて、懐かしいナンバーを流してくれます。リクエストされた曲が収録されているアルバムを迷うことなく即座に棚から抜き出し、ターンテーブルに載せ替える一連の所作を見ているだけでも飽きることはありません。

暗がりに隠れて

大音量の中で人々の会話の音量もおのずと大きくなります。その騒音にも似たハーモニーが、いつの時代も私には心地よく響いてきました。この店に通い始めた頃、私はまだ20歳そこそこで、この空間にいる人々がやけに大人に見えて、いつも気後れしていたように思います。それでも、JBLのスピーカーから流れる大音量の音楽が、私の若さや足りなさをかき消してくれる気がして、こうして、この音楽たちが自分の幼さを胡麻化してくれているうちに、早く大人になろう、そうしてこの人たちと対等に話せるようになろうと、そんなことを考えていた気がします。

大人にはなったけど

あれから長い時間がたち、私はあの頃見上げていた大人達を遥かに超える年齢となりました。少なくとも見た目は随分と変わりましたが、果たして、この暗がりの中で、たくさんの音に包まれながら思い描いていた大人になれたかというと全く持って自信がありません。

でも、あの頃憧れていた大人達も、もしかしたら私と同じように、暗がりに自分の足りなさを隠していただけなのかも知れない、と久しぶりに訪れたグランドファーザーズのカウンターの丸椅子に座って思ったのでした。

タイトルとURLをコピーしました